中野区議会議員

いでい良輔

東日本大震災から10年が経ちました。

東日本大震災から10年が経ちました。発生当時は委員会中でした。我が家に帰り、妻とお腹の中にいた3番目、昼寝をしていた2番目、お預かりで幼稚園にいた1番目の子ども達の無事を確認してからすぐに着替えて消防団第8分団本部に出動。3回目の選挙の準備の為に借りていた中野坂上駅の事務所の前には公共交通機関がストップした為に徒歩で家路を急ぐ人の波が止まることを知らず時間が経つ毎に増えていった。
机を表に出して引いたばかりの電話を5回線引っ張り出し、電話、トイレ使えますと張り紙をしたら瞬く間に行列が出来た。オイルヒーターしか暖房設備が無い中でも事務所には人が溢れた。これから青梅まで歩いて帰るつもりだと言う女性にビニール製のスタッフジャンパーを貸した。事務所の向かいの自転車屋では置いてあった在庫が完売していた。役所に連絡して帰宅困難者が多く通る幹線道路近くの公共施設を避難所として開放する様に掛け合い備蓄物資を供出してもらえた。
深夜12時頃に大江戸線が復旧して運転が再開されると2時頃には帰宅困難者の人の波が途切れてきたので事務所を閉めて帰宅した。
当たり前の日常が一瞬にして失われ、それまで想定していた事をはるかに超える出来事が起きたその時に、自分ができる事はそう多く無いという事を学んだ日。
人間は自然災害の前では無力でも、正しい知識を身につけ防災、減災を準備する事は出来る。大切な人を守る為に。

自助共助公助ご近所という言葉があります。過去に発生した災害時には特にご近所にお住まいの方が助け合い大きな成果を上げています。
お住まいの地域の防災会に参加して避難訓練などをご近所の方と行う、集合住宅にお住まいなら独自の防災会に参加する。消防団、防災士など地域の防災リーダーになる。
身近なコミュニティでお互いに助け合い支え合うこと、高齢などが理由のコミュニティからの孤立を防ぐことが求められています。当たり前のようで中々難しいのですが東日本大震災から10年、いま私達に出来る事を出来る限り行うことが広がり続けています。私は徹底した事前防災を進めていきます。

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